
ウエイターやウエイトレスをしていて、何が困るって、「この店は何かおいしいの」と聞いてくる客ほど、困るものはないらしい。味覚というのは人によって違うから、答えようがない。「店長のおすすめメニュー」をはっきりうたっている店ならば、それをすすめればいいが、そうでない場合は返答に困るというもの。だいたい、そこで働いている人だって、すべてのメニューを食べたことがあるわけではない。「うちは、なんでもおいしいですI・」と答える人もいるが、これは気がきいているようで、まったく気のきかない返答である。そういう場合、「こちらがよく出るようです」「これは評判がいいですね」と評論家風に言って、店にとって利益率の高いものをすすめるのが、賢い店員なのだという。要するに「どれがいい」と聞いたところで、店員からまともな答えが返ってくることは期待できない、という点だけは覚えておいたほうがいい。’ヽもっと困るのは、洋服売場で悩んでいる客だとか。何かを選んで「これ私に似合うかしら」という質問は、なるほど返答に困るというもの。たとえ似合っていなくても、客に不快な思いをさせるわけにはいかないので、似合わないとは絶対に言わない。当然である。では、賢い店員はどうするか。どっちにしようかと悩んでいる客に対して、これは例外なく、高いほうをすすめるのが、店員としての正しい答え方。自分が選んだものについて、「これ、どう思う?・いいかしら?」と意見を求められるのも困る。「うちの店には悪いものは置いていません」なんて答えたら生意気だし、自分のところの商品をほめまくるのも不自然。要するに、それを選んだお客様のセンスは素晴らしい、とほめればいい。こんな場合は「しゃれています」「明るい感じですね」のどちらかをその品物に合わせて言えば、だいたい無難に乗り切れる、と店員は教育されている。つまり、店員に率直な意見を求めるほうがムダなのである。